こねくり回すの、好きなの。

おはようございます。
どうも、僕です。野村雅夫です。
シャーロック・ホームズが大変なんです! ここんところ、ずっと読んでいるんですが、終盤の5章までやって来て、いよいよ事態が混迷を極めてきました。大丈夫か、ホームズ! 頼むぞ、相棒のワトソン!
もちろん、コナン・ドイルが生んだ名探偵ホームズの作品群は名作揃いだし、世界中に今もシャーロキアンと呼ばれるファンが無数にいるわけですが、僕が今読んでいるのは、ヴィクトリア朝ロンドンのベーカー街ではなく、ヴィクトリア朝京都の寺町通が舞台です。
今、どこの本屋さんでも恐らくは平積みになっているだろう、森見登美彦の『シャーロック・ホームズの凱旋』。僕は森見氏の大ファンで、発表された作品はほぼすべて読んでいるくらいなので、当然のように発売後すぐに前のめりでページをめくり始めたわけですが、今回がまたすごい。要するにパロディーなわけですが、19世紀ロンドンをそのまんま京都に置き換えて話を展開しているので、テムズ川は鴨川になっています。いちいち描写が克明なもので、だんだんとそういうもんだと京都が架空のロンドン的京都に脳内で様変わりしていくんですよ。ワトソンは下鴨本通に診療所を構えていて、馬車で荒神橋のサロンに出入りし、御所には女王陛下の宮殿がある。
「凱旋」とありますが、このヴィクトリア朝京都におけるホームズは、冒頭から重度のスランプに喘いでいます。自身のスランプという謎に行き詰まっています。まったくもって不甲斐ない。こんなホームズは見たことがない。寺町通の下宿先に引きこもってみたり、行方をくらましてみたり。そんな彼が、いつ颯爽と「凱旋」するのか。架空の京都でパンパンに膨らんだミステリーはどう解決するのか。
読みながら湧いてきた疑問は、ヴィクトリア朝京都のある世界地図に本物のロンドンはあるのかということ。森見氏はそんなことはお見通し。というか、虚実の入り乱れた、入れ子構造の複雑怪奇な展開を見せていくんです。いや、ほんと、ますますヘンテコな小説での「森見登美彦の凱旋」とも言えるかも。そもそも、語り手で医師のワトソンも作家ですからね。
インタビューを読むと、シャーロキアンにどう読まれるかが不安でならないとのことですが、僕は好き。こねくり回すのが楽しいの!
今週も、聴ける範囲でのおつきあい、まずは今朝11時まで、よろしくです。